〒811-2403 福岡県糟屋郡篠栗町萩尾

  令和元年でも57世帯132名の小さな集落である。バスは一日2便しかなく、車が2
  台以上ないと生活できない場所である。標高300mの高台で「篠栗小学校萩尾分校」が
  あり、生徒数7名である。八木山峠の西側で、飯塚に行くには萩尾経由の道も使われて
  いたのだろう。水は豊富で麓には鳴淵ダムがあり、江戸時代は東区の水源地として干ば
  つの際には重要な働きをしている。

  

                     

                                     萩尾分校
                     
                                                 

                    萩尾は公式には「はぎのお」と発音されている。九州地区には、他にも「はぎのお」の
                    呼称の地があるが関連性はないようだ。伝承によると中世1570年頃「伊東繁連」という
                    武士が、この地区を初めて開墾し、一族郎党による集落を作ったとされている。現在で
                    は、この「萩尾」という地名については二通りの説があるようだ。元々萩尾という地名
                    であったが、中世に伊藤繁連が来て苗字として「萩尾」を名乗ったという説と、萩尾を
                    名乗っていた武士がこの地に来て、地名が萩尾となったという説があるが、現在では確
                    めようがない。
  

                    日本地名辞典には、萩尾姓の発祥の地とされ、祖は藤原氏と記されている。

                    久留米合戦記の記録に「萩之尾大学」と記されている。中世では、「萩」の一文字で
                    「はぎの」と発音していたようである。明治に入って萩尾は「はぎお」に変わったが、
                    古いまま使い続けた地域が、「はぎのお」という呼称となったようだ。